世界の謎No.1「聖骸布」

sudarioface.jpgのサムネール画像

イタリア、トリノにある聖ヨハネ大聖堂に保管されているリネン(麻)でできた長さ約4.4m幅約1.1メートルほどの布。それは聖骸布と呼ばれキリストが磔にされ処刑された後、顔を中心とし二つ折りで覆われた布として知られている聖遺物である。布には男性と見られる人間の全身像がはっきりと現れている。この布について科学者などの間で時代背景、本当にこの布がキリストを包んだものなのか様々な議論が行われている。

聖骸布の歴史

eddesa.jpgのサムネール画像

聖骸布であるかは定かではないが、右の画像はエデッサ(現トルコ)の王、アブガル王が病に犯された際、キリストが自分の顔に押し当てた布をアブガル王に渡した伝説を描いたものである。それはエデッサのマンディリオンと呼ばれキリストの顔が最初に記されたものだといわれている。その布にはキリストの顔が映し出されており、それを見たアブガル王は回復に至ったという伝説が伝えられている。

hungarian.jpg

(左の画像は1192~1195年の間にハンガリーで見つかったとされる、キリストを埋葬しているとされる絵。下の部分でキリストが包まれているが、これが聖骸布をイメージし描かれたものだとされている。)
525年に聖骸布はエデッサで見つかったとされており、それまでバラバラであったキリストの顔は聖骸布によって統一されたと伝わっている。アブガル王の伝説と同じエデッサで見つかったとされたためこの2つには何か関連性があるのではないかというものもいるようだ。一説にはエデッサのマンディリオンが聖骸布を折りたたんだものではないかとも言われている。その後9世紀にどちらともコンスタンティノープルへ移動され、エデッサのマンディリオンは1789年に起きたフランス革命で歴史から姿を消したと言われている。聖骸布はコンスタンティノープルに移動された後1353年まで歴史から姿を消し、その年フランス・リレのシャルニー家が所有しているところを発見され、その後も各地を転々とし、1898年にイタリアの弁護士・アマチュア写真家セコンド・ピアが、トリノに保管してあった聖骸布を初めて写真に収めたとされている。その後1983年にローマ教皇に所有権が引き渡され、トリノ大司教によって聖ヨハネ大聖堂にて保管されている。

調査と論争
3face1.jpg

聖骸布については、1969年に極秘裏に調査が始まったとされているが、これが何のための調査で何を調べたのかはよくわかっていない。同年に最初のカラー写真が撮影されたとされているが、もしかしたらそれだけだったのかもしれない。1973年には聖骸布に付着した花粉を調べる調査が行われたが、それが絶対的な結果につながるわけではなかった。1977、1978年にトリノ聖骸布調査プロジェクト(STURP)が大規模な調査をし、右の画像がコンピューター解析によって再現された。このような跡がいったいどのように作られたのかは科学者が調査したり、何度も実験を重ねても明らかにされなかった。
1988年に調査が再開され、放射性炭素年代測定で聖骸布を調べた結果、1260年~1390年のものであると発表した。しかし、それはその時代に修復された箇所であるとされており物議を醸し、その後裁縫の仕方から1世紀に作られたものとも言われ、謎は深まるばかりであった。1994年にはLynn PicknettとClive Princeがレオナルドダヴィンチが幻灯機を用いて聖骸布を作ったのではないかとし話題になった。

聖骸布は本当にキリストを拭ったものか
800px-Ovuedo_and_Turin_shroud.jpg

聖骸布はトリノだけではなく、他にもいくつか存在する。左の画像はオビエドの聖骸布と呼ばれ、この布もキリストを拭ったものとされている。これは調査の結果一世紀ごろに作られたことが判明し、血液型はAB型、そしてそれはトリノの聖骸布と同じ血痕であったことが明らかになった。
さらにトリノの聖骸布には磔にされたキリスト像と同じように体中から血が出ており、頭には茨の冠を被っている。手首に杭を打たれた後があるが、研究の結果手に打つよりも手首に杭を打ったほうが体を支えるのに適していることから手首に打ったのではないかとされている。このような結果から聖骸布はキリストを拭ったと信じられているとも言えよう。

次の調査

トリノの聖骸布は常時公開されているわけではない。次に公開される予定は2025年であり、この年にまた調査も行われるであろうとしている。
トリノの聖骸布は2002年に修復作業が行われ科学者から非難を浴びた。後にそれは、昔修復したところが酸化などし痛んだためだとしているがそれが本当であろうかどうかは公開されていないためわかっていない。これも次の調査で明らかになるだろう。
今でも聖骸布には様々な疑いがかけられている。2025年にそれは本当にキリストを包んだものと明らかにされるのか、それともただの布で終わるのか、はたまた解明されないままなのか気になるところだ。

参考
Shroud of Turin
聖骸布
聖骸布(wikipedia)


イエスのDNA―トリノの聖骸布、大聖年の新事実

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世界の謎No.1「聖骸布」 への12件のコメント

  1. あやこ より:

    comment聖骸布の布は何の目的で織られたものですか。アリマタヤのヨセフは高価な布をどこから手に入れたのでしょうか?

    私は、どのようにして布にキリストの姿が映し出されたのか、人間の力では解明できないからこそ、これは神の業によると解釈します。

  2. 仏教徒 より:

    >>1
    布が高価なものだったのか知ってるの?
    それと神の業とかマジで言ってるのか?
    妄言としか思えないね。

    宗教とは心の拠り所にはなっても、マジックとの区別はちゃんとしといたほうが君のためだよ。インチキを神の業にされても神様かわいそう。

    つまり、神は人間の心(脳内)にのみ存在するのであって、自分の外界に神が存在するというのは勘違い。そもそも神という存在をはき違えてる。

  3. 匿名 より:

    comment

  4. 匿名 より:

    comment

  5. 匿名 より:

    >>2
    誰がなんといおうと人間が存在している限り
    世界から謎と神秘はなくならない
    宗教が神秘と結びつくのはまた理の当然
    それとも宗教は無知蒙昧の輩の特権だと?
    神と同様神秘も謎も脳の中にだけ存在すると
    君は言うだろうが
    では己の脳の中にのみ神が存在するという考えは
    君の脳の中にのみある考えであることを
    認めずばなるまい

  6. papa より:

    comment
    >>1
    人間は積み重ねた知識と経験と閃きによって今の文明を築いた。車やTVは何もしないでも出現しますか?
    同じように万物を知る?によって宇宙が、人間が
    造られたとして何の問題があるだろうか?
    とかく?がいないと主張する輩は一部を見て全体を見ようとしないか、自分の得た知識が絶対だと信じてやまない傾向があるような。
    あなたが信じるその源はどこから来たのかよく考えてみよう。

  7. papa より:

    comment
    >>1
    人間は積み重ねた知識と経験と閃きによって今の文明を築いた。車やTVは何もしないでも出現しますか?
    同じように万物を知る?によって宇宙が、人間が
    造られたとして何の問題があるだろうか?
    とかく?がいないと主張する輩は一部を見て全体を見ようとしないか、自分の得た知識が絶対だと信じてやまない傾向があるような。
    あなたが信じるその源はどこから来たのかよく考えてみよう。

  8. nanashi より:

    comment
    >> 1
     ある未開民族の元に一人の文明人が訪れて腕時計を見せたとします。未開民族の人々は、自動的に動き続ける腕時計を見て言います。
    「この時計がなぜ動くのかわれわれに解明できない。ゆえにこれは神の業である。」
     残念ながら、ある事象が今のわれわれにとって理解できないからといって、ただちにそれが神の業であることの証明にはなりません。

    >> 2
     神が心の中だけに存在するかどうかは、神の定義次第でしょう。たとえば、「神とはわれわれの内なる理想像である」と定義すれば、神は心の中だけに存在することになるでしょうし、「神とは世界の全体である」と定義すれば、われわれの心の内だけなく、外界の全てが神の偏在だということになるでしょう。
     ちなみに「神という存在をはき違えて」いるというのは、神の定義が自分とは違うという程度の意味だと思われます。そうであれば、まずは自ら神の定義を提示すべきです。

    >> 5
     人間が存在する限り謎や神秘がなくならないというのは、おそらく本当でしょう。例えば突然空中に浮遊しだす男がいたとします。赤ん坊や、あるいは知的な活動を一切行わないような生物であれば、浮遊する男を見たとしても、別に謎だとか神秘だとかを感じたりはしないでしょう。人間が曲がりなりにも何がしかの知的活動を行い続ける限り、現在持っている知的枠組みでは説明できないような現象に遭遇する可能性は、常に存在しつづけるはずです。謎や神秘の発見は、決して無知蒙昧の人間の特権ではなく、馬鹿には馬鹿なりの・利口には利口なりの謎や神秘が存在します。むしろ、こう言った方がよいかもしれません。どのようなことに謎や神秘を感じるかということのうちに、その人間の知的水準があらわれる、と。……ところで、「宗教が神秘と結びつくのはまた理の当然」というのは、どのあたりが「理の当然」なのか、私には全然理解できません。
     また「脳の中にのみ神が存在する」という主張によって、なぜその考え自体が2の論者の「脳の中にのみある」ことを認めざるを得ないことになるのかも理解できません。5の論者の主張が正しいと仮定して並行論理を立てれば、例えば「神は妄想である」と主張する人間がいた場合、自動的に「神は妄想である」という主張自体も妄想であると結論される、ということなのでしょう。明らかに論理に飛躍があります。実際、誰もが「神というのは脳の中にしか存在しない一種の妄想である」と共通に信じているような共同体は、いくらでも存在し得るはずです。

    >> 6
     かなり意味不明です。まずは、もう少し読み手のことを考えて文章を書くようにすべきです。多分文中の「?」は、神かそれに類した何かのことなのでしょう。ここでは一応「神」としておきます。整理しておくと、大体次のようなことを主張しているのでしょう。
     ――人間が車やTVを発明したように、神は人間や宇宙を発明した。神の存在を認めない者は、自分だけが正しいと信じている偏屈野郎である。神を信じないという者たちは、そもそも、神を信じないという信念や科学的知識それ自体が、神によってもたらされたものであるということを知るべきである。……
     ところで、人間が車やTVを発明したように神が人間や宇宙を発明したと主張することに何の問題もないと仮定すれば、「「人間や宇宙を発明した神自体」を発明した何者か(X)」の存在を想定することも全く問題ないということになるはずです。さらにわれわれは、その何者か(X)を発明した何者か(Y)の存在も想定して「何の問題」もないということになります。要するに、このような主張は無限後退します。「何の問題」もないどころではありません。
     まあ、仮に百万歩譲って、宇宙を発明したのが神であったとしましょう。しかし、だからと言って、聖骸布を発明したのも神であるということには全くなりません。6の論理を並行すれば、神が宇宙を発明し、どこかのペテン師が聖骸布を発明したと主張しても「何の問題」もないはずです。

     それにしても、全体的に議論が聖骸布からどんどん外れていくのが気になります。しかも簡単に論破できるような・どうでもいい議論ばかりが目立ちます。
     私自身は、大概のオカルト話はインチキだと思っているものの、オカルト話自体はどちらかというと好きなので、神がどうのということではなく、もう少し、聖骸布の真偽に的を絞って議論を進めて欲しいものだと思います。

  9. Kozo より:

    神がいるかどうかの形而上的な議論には興味がない。未開の人間が腕時計を見て云々には、未開の人間を超える存在が仮定されており、それがいわゆる神であっても論理的には問題ないはずである。神がいかなる存在であろうが、我々未開人には理解ができない。いわゆる人知を超える存在がいる可能性を示している聖骸布には感嘆せざるを得ない。

  10. 匿名 より:

    未開の人間が腕時計を見て云々には、未開の人間を超える存在が仮定されており、それがいわゆる文福茶釜であっても論理的には問題ないはずである。文福茶釜がいかなる存在であろうが、我々未開人には理解ができない。

  11. no name より:

    文福茶釜?面白いことを言うなあ。意味なし。

  12. 匿名 より:

    >> no name
     人間を超える存在を仮定しても論理的に問題がないというのであれば、別に神であろうが、ぶんぶく茶釜であろうが、宇宙人であろうが同じことじゃん、ってことじゃね? 人間を超える存在ということから、ただちに神が出てくるのは、論理的に飛躍があるってことっしょ。
     それに、未開の人間を超える存在っていうのも、未開時代には色んなことが分からなくて、神のせいにしたり悪魔のせいにしたりしていたわけなんだけど、今では色々説き明かされてることもある。だから、現代人にとって不明のことでも、今のところ不明なだけで、そのうち分かることもあるかもしれね、って含意があると思われ。今の自分に理解できないからといって、ただちに人知を超えているというのも、論理的に正しくない。
     ま、どうでもよす。

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